
韓国のポータルサイトネイバーから、「『NOジャパン』したくても…『配達の名手』日本のバイクに乗る理由」という記事を翻訳してご紹介。 続きを読む
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【速報】東京で約366人が新たに感染確認 過去最多
東京都できょう新たに366人が新型コロナウイルスに感染した事が分かりました。都内の1日の感染者数の過去最多となります。東京都の小池知事は先ほど、都内できょう新たに感染が確認されたのは、366人と述べました。都内の1日の感染者が300人を超えたのは初めてです。これまで都内で感染が確認された人数が最も多かったのは今月17日の293人でしたが、その数を上回り、過去最多となります。(Yahoo:FNN)
引用:JapanToday、Facebook、Facebook②
アフガン少女、両親殺害したタリバン戦闘員2人を射殺アフガニスタンで、旧支配勢力タリバン戦闘員らに両親を殺害された少女が、戦闘員2人を射殺し、複数人を負傷させた。事件は先週、中部ゴール州のある村に住む10代の少女、カマル・グールさんの自宅に、戦闘員らが押し入った際に起きた。戦闘員らは、少女の両親が政府を支持しているとして家から引きずり出し、母親が抵抗すると、2人を家のそばで殺害。家の中にいたグールさんは家族が所有していた自動小銃AK47を手に取り、まず両親を殺したタリバン戦闘員2人を射殺し、さらに数人を負傷させた。グールさんの年齢は14~16歳。アフガニスタンでは、自分の正確な年齢を知らないことは珍しくない。詳細↓
スレッド「ある父親が子供の絵が現実だったらどうなるかを再現、恐ろしいほど愉快だ」より。イギリスのトム・カーティス氏による2人の子供の絵をリアルにするという企画が海外で話題を集めていたので反応をまとめました。
引用:Boredpanda
こちらは大正時代の新聞記者だった高原操が、大正2年(1913年)に北欧を旅行した時の旅行記(『北半球一周』)で、興味深かった記述や当時の社会の様子が窺える記述を取り上げた記事です。関連記事
なお、引用箇所の一部には現代の基準だとあまり良くない表現がある場合もありますが、歴史的記述であることを尊重し一切手を加えていません。
<高原操>
高原 操(たかはら みさお、1875年12月16日 - 1946年11月21日)は、日本のジャーナリスト。大阪朝日新聞主筆兼取締役編集局長。大正デモクラシーの第一線言論人。
高原操
参考文献:高原操 『北半球一周』 1919年 文雅堂
コペンハーゲンの奥さん達は皆料理の鍛錬が嫁入り前に仕てあるといふ事だ。魚の買出しには自分で必ず出掛ける、凝(ぢつ)と見てると、なかなか審査に手間を取る、一クローネ(我が五十銭)位の鰈(かれい)を一疋(いっぴき)買ふのにさへ、七八の漁師に當()あたつて現物を熟視しては値を聞き、大小肥瘠それぞれ比較調査の上でなくては購(か)はぬ。
…時間は大分潰ぶるるに相違ないが、日本の奥様連が下女の奏問に下命して「何でも好いから魚屋が來たら御刺身になるものを取つて置き!大抵向ふが知つてるよォ…」と襖の蔭から被仰るのとは霄壤(しょうじょう)の差といふべきか、或はまた月と鼈(すっぽん)との違ひとでも謂ふか。
一體(いったい)西洋では、上流社會(しゃかい)は別として、年収五六千圓(えん)ぐらゐ迄の中流家庭の主婦は、野菜でも肉類でも自分で市場へ出掛けて選(え)りに選りて新鮮な値の安いものを買ひ出する事に善良な風習が出来てる。
高原操 『北半球一周』 1919年 文雅堂 pp.15-16
飲食用の買い物でも婦人が自身にサツサツと八百屋へでも肉屋へでも穀屋へでも出かけて往て、品の宜い價の割安なのを買てくる、
何事もお爨(さん)どん任せで、品物も見ずに肴屋や八百屋の御用聞から取寄せる東京流の婦人方とは、丸で行方が違つている、
食物は人間の活力を生ずる原料であるから、成るべく滋養のある宜いものを撰んで、而かも經濟的に遣るのが賢明な婦人のすべきことで、米國婦人などは卑いどころか、誠に見上げたものである。
日本の奥様や御嬢様が八百屋の店先に立とるのは外聞が惡いなど仰しやるのは、甚だしい御心違ゐである。
松井広吉 『米国漫遊雑記』 1901年 博文館 p.193
西洋では上流の家にでも、買物は、大抵奥様自身になさると云ふことです。
日本では中流以上は勿論、中流の奥様でも毎日廻りに来る八百屋、魚屋にすら御自分で應對なさらぬ方が多いやうで、猶更それらの買物にお出掛けなさるなどは一切ないやうに思ひます。
もとより東西習慣風俗を異んびして居りますこと故、奥様方に毎日魚屋の店へお立ち遊ばせとは、お勸め申上げ兼ねますが、買物をお手づからなさると云ふことは決して卑しい事や、吝嗇もののみのする事ではないかと存じます。
羽仁もと子 『家庭小話』 1903年 内外出版協会 pp.52-53
日本の婦人は大根や人参を自身買ひに出ることを大層恥のやうに思つて居て、買出しに往つても知つて居る妻君達にでも逢はなければ宜いが若し逢つたら何うしやうと、歸りには裏道を廻り何んとなく恥入るやうな感念を抱いて居るものが多いやうですが之れは飛んだ考へ違ひで、羞べき事でも、笑はるべき事でもない、尤も美しい事で御座います、
天野誠斎 『台所改良』 1907年 博文館 p.220
日本の婦人が、兎角自分の内に居て物を買ひたがるのは、一つは留守番が無いとか何とかで、買ひに出るに困ると云ふやうな事情もあらうが、それならば夜分にでも、休暇の日にでも、主人なり誰なりの内の居る時に出ればよい。畢竟は昔風の傲慢心が除かないのと、一つは全體に尻が重過ぎるのである。ま少し手輕にサツサと何處へでも往くやうに仕たいものである。
松雲堂編輯所編 『貯金の出来る一家の暮し方』 1917年 石塚松雲堂 p.113
元來日本の婦人程外出卽ち日光浴を厭ふ國民はない。
山脇玄 『家庭経済講話』 1919年 東盛堂 p.26
関連記事夫婦に一人の子供位の處ならば日本では、必ず下女と猫と位は附屬(ふぞく)してるのが當(あた)りまへで、又そうでなければ、行はれぬのであるが、西洋では家屋の構造から、食物などの工合が簡便に成つてをるから、その位の家では、妻君が中働きもやり、臺所(だいどころ)もするといふので、水入らずに暮してをる。
池辺義象 『世界読本』 1902年 弘文館 p.13
物を買ふたび毎に金を拂ふと云ふことは、なかなか面倒なもので、それだけの金を始終用意して居らねばならぬ。餘程意思の强い人でなければ迚も出来ない。
松雲堂編輯所編 『貯金の出来る一家の暮し方』 1917年 石塚松雲堂
あちらこちらで、二度とつけ伝票なんかにサインしないぞと反発して毒づく人がいるが、厳然として存在する誘惑に、あらがうことができない。
喉の渇きと、渇望する一杯との間を隔てるものが、一枚の紙切れに名前を書きなぐること以外に何もないとしたら、勝負は決まっている。渇きの勝ちだ。酒ほど効き目のない他のものであっても、同じように欲しくてたまらないものなら同じだ。
あの致命的な一枚の紙切れが、全てをあまりにも容易にし、行ないを改めるのを難しくする。
クラレンス・ルドロウ・ブラウネル 『日本の心 アメリカ青年が見た明治の日本』 2013年 桂書房 p.122