「日本人とアメリカ人の菊観賞の仕方には国民性の違いがある」(大正時代の海外旅行記:太田順治『欧米素描』)


 こちらは大正時代の生物学者だった太田順治が、大正12年から14年にかけて生物学研究のため欧米各国を訪れた時の旅行記(『欧米素描』)で、興味深かった記述や当時の社会の様子が窺える記述を取り上げた記事です。

 なお、引用箇所の一部には現代の基準だとあまり良くない表現がある場合もありますが、歴史的記述であることを尊重し一切手を加えていません。


参考文献:太田順治 『欧米素描』 1926年 培風館
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明治時代の海外旅行記で面白かったところのまとめ




●こちらは日本人とアメリカ人の菊の観賞の違いについての記述です。
他國の花を移入してよくも斯くまで作り上げたと感心はしたものの、御所の菊や日比谷の菊を想出すと、物足りぬ感じがしてならなかつた。

さて此の物足らぬ感じは何によつて起るのであらう。


一たい西洋人が花を賞するのは、多くは切花としてであるけれども、日本人は寧ろ生えたままのを見て賞する、殊に菊に於てはさうである、

もとより日本の菊も花が観賞される主要部ではあるに相違ないが、幾ら花がよくても、茎が曲つたり、下葉が枯れてゐたりしてゐては誰もさう褒めぬ。

ところが之を切花として観賞する西洋では、茎が曲つてゐようが、下葉がかれてゐようが、それは問題でない、花さへ立派なら先づよいのである。


此の趣味の相違は即ち民族性の相違を示すものであるまいか。

抑も日本人の美的趣味は自然に即したものに對して生ずることが多いやうである。ちよと自然を遠ざかるやうに見えても、其の實自然を理想化しようとする傾向を示す場合が多いのである。

然るに彼等は寧ろ自然を征服して、自己の理想を實現せんと努力する。それで花を栽培する場合でも、花と思へば其の主力を花の一點に集中して、枝葉の調和等は顧みないのである。

太田順治 『欧米素描』 1926年 培風館 p.163

【要約】
 アメリカで菊を見た際著者の太田順治は物足りなさを感じ、それが何によって生まれるのかを自問した所、それは西洋人は花に意識を集中させる一方で日本人は茎や葉にも注意を払うところから生じるとし、これは自然を理想化する日本人と、自己の理想に自然を近づける西洋人の違いなのではないかと結論づけています。

【備考】
 植物の観賞についてはあまり詳しいことを知らなかったので他の文献も調べてみたのですが、1916年発刊の「奥様園芸十二ケ月 上巻」でも確かに、菊は花だけではなく葉の美観も重要ということが書かれていたので、菊の観賞法としてはこれが一般的だったのかもしれません。
大菊の觀賞法は第一花の出來榮で是に次で葉の美觀の如何である

花か如何に立派に大きく出來たとしても葉の美觀を添へる事がなくては矢張り上出來の菊とは申されません、

千葉晩香 『奥様園芸十二ケ月 上巻』 1916年 三和堂 p.19

 1918年の「植物と人」の中でも西洋人と日本人では植物の観賞方法が違っていることに触れていて、西洋人は花を重視し日本人は葉や茎にも注意を向けるというように「欧米素描」とほぼ同じ事が書かれていました。
而して日本人は西洋人と大分植物の見方が異(ちが)つてゐる、どちらかといふと、花よりも葉とか木振りに重きを置いてをる。それ故に菊の品評會でも花も花だが、葉や莖に大分注意して資格をつける。西洋人は花さへ美しければ先づ満足してをつて葉や枝の方は第二にしてをる。

畠山久重 『植物と人生』 1918年 科外教育叢書刊行会 pp.263-264

 当時の菊に関する文献を読んでいると度々出てくるのが「菊の十品」という菊の評価方法で、1917年発刊の「趣味の園芸」では次のように紹介されていました。
最も簡単な要領を得た鑑別法としては、江戸染井の花戸、伊藤伊兵衛の著に拘る『増補地錦抄』の『菊の十品』である、

これは、一位、二形、三色、四重、五首、六蕋、七葩、八葉、九節、十草

金井紫雲 『趣味の園芸』 1917年 隆文館図書 p.404
江戸時代の植木屋。江戸の北,染井村(現,豊島区駒込)で,数代にわたって園芸をいとなむ。一家は造園,花卉(かき)栽培についての見識技量にすぐれ,当時流行した園芸植物の種類を図説記載した多くの著作を残した。

伊藤伊兵衛

 現代でもこの「菊の十品」が重要なのか気になりググってみたのですが、一通り見る限りでは特に情報はありませんでした。専門的な資料までは目を通せなかったのでそちらには記載されているかもしれません。

※大菊、中菊
キャプチャ
出典:横井時敬、佐々木祐太郎 『農業原論 上卷』 1921年 興文社 p.165


 明治時代の日本を訪れた外国人の旅行記などでは植物に関する話題は多いものの、特に菊を取り上げているものはそこまで多くはありませんが、植物学者のモーリッシュは日本で菊が愛好されていることについて次のように述べています。
日本にはたくさんの菊の愛好家がいて、彼らは手間ひまばかりか、多大な出費をも惜しまず、多種多様な可憐なコレクションを育てている。

そうした個人の園芸家を訪ねてみると、彼らが丹精こめて育てた花の美しさ、色と形の多彩さに、ただただ驚くばかりであった。

ハンス・モーリッシュ 『植物学者モーリッシュの大正ニッポン観察記』 2003年 草思社 pp.332-333

 同じくシドモアも菊について触れていますが彼女はより踏み込んだ記述していて、そこでは日本人が西洋人とは違って菊の花だけではなく葉についても注目していることを取り上げています。
日本人は、よく外国人から「これと同じくらいの大きな菊は、いくらでも米国にある」と吹聴されます。

大型サイズだけが日本職人の菊作りの目的ではなく、菊の魔術師はどんな寸法でもたやすく作ることができ、茎高二インチ[五センチ]の微小な菊を指貫サイズの小花瓶に育て簡単に咲かせたり、茎高六ないし九フィート[一・八~二・七メートル]の大きな菊も自由に培養できます。

団子坂の植木職人は外国産菊の茎に敬意を表しながらも、緑の葉に関する質問をすることで、野暮なほら吹き外人を沈黙させます。西洋では繁茂する菊の葉に誰も注目してこなかったし、ほら吹き男自身これまで何も考えずにいたことを白状せざるを得ません。

エリザ・R・シドモア 『シドモア日本紀行』 2002年 講談社 p.118

 ここでは「欧米素描」とほぼ同様の事が書かれていることから、西洋では菊の花に注目し、日本では葉や茎にも注目するということは日本人と西洋人で見解がずれることのない明白な事実であったのかもしれません。

 当時の旅行記では同じものを見ていても日本人と西洋人で見解がずれることは少なくない、というよりもむしろそちらの方が多いくらいなので、このように見解が一致する事は珍しくその意味でもこのことは印象に残りました。

 日本人が花だけに着目していないということは菊に限定しなければ当時の外国人が割と指摘していることで、シドモアと同じように明治時代の日本を訪れたアリス・ベーコンはその回顧録の中で、日本の活花では花だけではなく茎や葉も重要ということに触れています。
花を生けるということは、単に美しい花を飾るというだけではなく、茎、枝、葉にいたるまでのすべてをうまく組み合わせることなのだ。

花そのものは主役ではないし、自然の状態と同じように必ず枝や茎と一緒に扱われる。花だけが飾りとして使われることはない。

アリス・ベーコン 『明治日本の女たち』 2003年 みすず書房 p.46

 菊の観賞で葉の部分が具体的にどんな感じだったら良いのかについては先の「奥様園芸十二ケ月 上巻」の中で記載があり、なかなか分かり易かったです。
菊の下葉は能く落ちたがります。

其下葉を落さぬ様にするので、下葉の落ちて花斗(ばか)りの菊では丁度此所に美人があつて其美人が顔や髪斗り美粧してそれから下の身體は弊衣を着た様なものです。

それ故其下葉を落さぬ様にしたいのです、

千葉晩香 『奥様園芸十二ケ月 上巻』 1916年 三和堂 p.19


 菊について調べていて少し興味深かったのは、1931年に発刊された「高等青年講座 第4巻」での以下の記述でした。
花作りは最早老人の閑仕事でなく、将来は有望な事業として考へられる。併し現在では専ら営利的に経営するのは難しくもある

社会教育会編 『高等青年講座 第4巻』 1931年 青年教育普及会 p.115

 この記述によれば当時花作りは仕事として成り立っていなかったようで、女の子に人気のお花屋さんは割と新しい職業だったようです。

 ここまで書いてちょっと気になり、現代の女の子に人気の仕事ランキングを一応調べてみたのですが、日本FP協会による2019年の小学生「将来なりたい職業」ランキングでは女の子の仕事にお花屋さんはランクインしていませんでした。

 女の子の「将来なりたい職業」と言えば「お花屋さん」がランキングに入っているというイメージが結構強かったのでこれにはちょっと衝撃を受けました。また、最近ではYoutuberは小学生に人気の職業と聞いていたのでそれが入っていなかったのも結構意外でした。
2019年に実施した作文コンクールの応募作品3,093点の中に描かれた小学生が「将来なりたい職業」は、男子201種類、女子232種類あり、男子の1位は「サッカー選手・監督」153名、女子の1位は「看護師」120名でした。

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日本FP協会まとめ 2019年小学生の「将来なりたい職業」ランキング




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