
「あの超大物が日本で逮捕されてたなんて・・・」
「戦犯は分祀しろ。日本兵のコスプレもやめろ」終戦の日、4閣僚が靖国参拝。
「日本に謝罪するとか、意味が解らない」【終戦記念日】

【戦後75年 皇室が当てた光】歴史に埋もれた戦没者を追悼6万人犠牲の民間船…継承に課題も15日で終戦から75年。総力戦となった先の大戦では、戦地に散った兵士だけでなく、輸送任務に当たった民間船員や、徴用された海外の民間人など多くの人が命を落とした。戦争で人生の歯車を大きく狂わされた遺族や外国人もいる。皇室は歴史に埋もれ、光が当たらなかった人々の抱える悲しみや苦難に寄り添い、心を通わせてこられた。続く↓
「海戦で悲惨な最期を遂げた日本の船を知ってる?」
「やっぱ原爆投下って正しかったっぽい」【宮城事件】
「米国は第2第3の投下を計画していた」【長崎原爆の日】

米国は第3の原爆投下を計画していた1945年7月、ニューメキシコ州の砂漠で原子爆弾の爆発実験を行った後、8月に日本の広島と長崎に原爆を投下した。だが、長崎への投下から日本が降伏するまでの6日間、米国はこれで終わりとはまだ考えていなかった。次の原爆投下は間近に迫っていた。長崎への投下で米国は原爆を使い果たしており、降伏しなければさらに原爆を落とすというのはハリー・トルーマン大統領の脅しだったとする主張が根強くある。しかし、それは決して単なる脅しではなかった。第二次世界大戦末期、米国はできる限りの原子爆弾を製造していた。そして日本が降伏する直前まで、第3の原爆を落とす準備に入ろうとしていた。1945年8月15日に日本が降伏するわずか数時間前、米国時間では14日、英国の外交官を前にトルーマン大統領は沈痛な面持ちで、第3の原爆投下を命令する以外に「選択肢はない」と漏らしていた。続く↓

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「原爆って誰でも手軽に作れるって知ってた?」
「原爆投下をクスクス笑いながら報告したトルーマン」【映像】

広島原爆投下から75年。AIでカラー化された赤いキノコ雲の写真に胸が締め付けられる広島市への原爆投下から75年を迎えた8月6日、東京大学大学院の渡邉英徳教授が原爆投下時のキノコ雲のモノクロ写真を、人工知能(AI)でカラー化してTwitterに投稿した。「この写真を見るだけでも胸が締め付けられる」「かつてないリアリティーで、息苦しいほど」「ベイルートの爆発映像を見たので、キノコ雲と重ねてしまう」などと反響が広がっている。この写真はもともと、爆心地から約20km離れた呉市海軍工廠に勤務していた尾木正己さんが撮影したものだ。尾木さんは証言の中で、当時の様子を「きらびやかなキノコ雲」だったと振り返っている。この写真は以前にもカラー化されていたが、今回はキノコ雲の上部が赤っぽい色になっているのが特徴だ。これはアニメ映画『この世界の片隅に』の片渕須直監督の指摘を元に、赤みがかった雲を、地上から立ち上った白い雲が覆い隠しているところを再現したことによる。詳細↓
「図々しい・・・」朝鮮人戦犯(95)、日本での75年間の苦悩を訴える。

アングル:「朝鮮人戦犯」最後の生存者、居場所なき75年の苦悩何も知らない人には、95歳の李鶴来(イ・ハンネ)さんは高齢化する日本社会で長生きする老人の1人にしか見えないかもしれない。しかし李さんの心は、その後の彼の人生を決定づけた75年前の残酷な出来事にずっととらわれてきた。1942年、占領下にあった朝鮮半島で日本の軍属になったこと、タイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬鉄道の建設に関わったこと、戦後に戦争犯罪人になったこと、そして日韓両国から歴史の片隅に追いやられたこと──。日本政府は1951年に調印されたサンフランシスコ講和条約で主権を回復、その2年後から旧軍兵士に恩給を支払ってきた。戦犯とその遺族も支給対象に含まれる。さらに東京の靖国神社には、戦争を指導したA級戦犯を合祀している。しかし日本のために戦った朝鮮人は、講和条約で日本国籍を失った。これは恩給を受ける資格を失ったことを意味する。韓国籍となった李さんにとって重要なのは、日本人兵士には与えられた世の中の関心、そして幕引きした感覚を得られなかったことだ。「私の話を聞いてくれ。なぜ彼らは私たちを違うように扱うのか」。韓国語と日本語が入り混じりながら、かろうじて聞こえるような声で言う。「不公平だし、何の意味もない。この信じられないような状況をどう受け入れればいいのか」第2次世界大戦には 約24万人の朝鮮人男性が日本兵として参加した。連合国軍は戦後、戦犯容疑者を一斉に捕らえた。朝鮮人も日本人と同じように扱われたと、歴史家は指摘する。「戦争犯罪で有罪判決を受けた朝鮮人は、他の朝鮮人からは日本への協力者とみなされた。日本政府からは元日本兵として認められず、戦後はひどい目に遭った」と、オーストラリア国立大学のロバート・クリッブ教授は言う。「自国民にだけ恩給を支給し、日本軍の一部だった朝鮮人に支給しなかったのは」不公平だと、同教授は指摘する。詳細↓